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2009年03月05日

09年3月太鼓台

くらすたあばくだんなんてもういらないわ。」五歳の孫娘の文である。五年生の兄が「クラスター爆弾ってなに」とばあちゃんと話し合ってるのを聞きながら書いた。地雷とクラスター爆弾は市民、子どもの犠牲者が後を絶たない。この年末年始イスラエルがガザで使った白燐弾、クラスター同様に非人道的兵器である。市民や子どもたちの被害を受けるテレビ映像が五歳の目に焼き付いてこの文になった▼〇八年一二月にクラスター爆弾禁止のオスロ条約が採択され日本を含む九十五カ国(二月四日現在)が署名している。米、ロ、中、イスラエルなどがまだ署名していないが、戦場で使うことはできない状況をつくっている。米議会にも禁止法案が出されている▼元祖クラスター爆弾は米軍が太平洋戦争で日本都市空襲に大量に使った焼夷弾だ。高松は一九四五(昭和二〇)年七月四日未明、米軍機一一六機が襲い千三百五十六人の市民、子どもが殺された。高松市、高松市平和を願う市民団体協議会や高松空襲を記録する会はじめ幅広い市民の手でその歴史、記録を保存する運動が続けられている▼昨年秋から子どもたちに歴史を知ってもらおうという動きが高まり「高松空襲を子どもたちに伝える会」が二月二十八日にできた。子ども目線の映像「高松空襲」をつくろうという目的である。ささやかでも今の時代に戦争を絶滅させる確かな一歩にしたいものだ。(民主香川3月8日号)

投稿者 : 2009年03月05日 20:16

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